特別コラム

単独ベトナム南北縦断

April 11th, 2019 by
単独ベトナム南北縦断
ビナブー読者の皆さん、初めまして!神奈川県在住 大学4年の根本優馬と申 します。今回僕は、自転車での単独ベトナム南北縦断を思い立ち、2019年1 月から2月にかけ無事に完走。1745㎞23日間一人きりの自転車旅で僕が経 験した予想外のハプニング、危険、出会い等、旅の様子を是非ご紹介したいと、 今回、寄稿させて頂きました。僕の旅行記が、読者の皆さんにクスッと笑って もらえるものであればいいなーと思います!

  縦断不正疑惑?? 初っ端から大変恐縮ですが、私、根本優馬。縦断途中12日目に、泥酔して気づいたらタクシーで自転車ごと50㎞ほど運ばれていたことを… 白状いたします。すんませんっしたぁぁぁぁ!!(笑)読者の皆様のあたたかーい心で見逃してください(笑)。では早速、本題に入ります!  

  なぜ自転車旅に出たのか 今回の自転車旅には、目的が2つありました。1つ目は、今後ベトナムに進出する可能性のある父の会社、(株)サーフ・エンジニアリングの「アルバイト」。将来に備えての視察と、行く先々での会社や旋盤加工技術の紹介。そしてあわよくば、進出時に働いてくれそうな人材を獲得しようというものです。ベトナムの南部から北部まで、とにかく名刺をばら撒いてきました(笑)   そして2つ目は、「自分自身の限界への挑戦」でした。おそらく人生最後の長期休暇となる大学の春休み、「自分は何をしたいのか?」と考えた結果、お金をかけて贅沢することよりも(そんなお金はそもそもないけれど笑)、「相当の体力・時間を使って、自分自身の限界に挑戦することだ!」と、思いました。そして、僕にとってそれは、自転車でのベトナム縦断だったのです。   「ベトナム×自転車×挑戦」という組み合わせにしたのは、単純に好きなものを掛け合わせた結果です。僕がベトナム好きになった原点は、2016年夏から1年間のベトナム語学留学でした。「日本企業が進出しているが、まだ成熟しきっていない市場(国)の言葉がつかえれば、自分がそこで戦える可能性は無限大だ!」と考え、ベトナム語を勉強しようと決意し、短い期間でしたが、多くの出会いを通じて、ベトナムが大好きになりました。そんな訳で、留学終了後から自転車でのベトナム縦断が夢になり、今回なんとか実現させることができたのです!   バナナはおやつに入りますか?   小学校の遠足で、児童が先生に聞く鉄板ネタですね。←古い? 出発前に僕が一番心配していたことは、「自転車は無料預入荷物に入りますか?」という点でした。ベトナム航空とANAに電話して、何回も聞きいてみたところ、結論として、ベトナム航空とANAのコードシェア便では、ANAのHPから予約した場合、往路復路共にANAの荷物規定が適用されるようです(2019年2月時点)。そんな訳で、無事に無料で自転車とカバンを預けることが出来ました~よかったです。   サイクリスト向けの話になりますが、今回の旅で使ったかばんは、自転車のリアキャリア(後輪の上の荷台)にぶら下げるパニアバッグ2つとハンドルバッグでした。長距離の移動になるので、なるべく軽くするために荷物を最小限にして、合計11kgに抑えましたが、やはり重かったです。峠の上りで泣きたくなりました(笑)もし峠アタックされる方がいるなら、荷物は本気で少なくした方がいいかと、、、   人生、山あり谷あり峠あり   今回の旅は、国道1Aをホーチミンからハノイに北上していくルートでした。実際に峠に直面するまで、国道1Aはアップダウンの少ない道だと僕は思っていました。そんな僕の前にそり立ついくつもの峠、、、絶望しました(笑)。特に記憶に残っているのは、南中部フーイエン省のカー峠と中部ダナン市・フエ省の間にあるハイヴァン峠です。カー峠は、そこにさしかかるまでに足が鍛えられていたので思ったよりも余裕に上りきれました。といっても、吐きそうになりながらの峠アタックでしたが…   本当にあの世に行きかけたのは、ハイヴァン峠でした。最初はキツイと噂の峠道を回避しようと、別の坂を上りきって国道沿いのトンネルに向かったのですが、そのトンネルが見えてきたところで、自転車・バイク・歩行者の通行が禁止されていることを知りました。噂では、そのトンネルの近くで自転車を積んでトンネルを抜けてくれるトラックがあると聞いていたのですが、その時にはまったく見当たりませんでした。そんな訳で、一旦坂を下り、あらためて峠道アタック開始です。途中でバッグを投げ捨てたい衝動に駆られながらも、なんとか上りきり、頂上からの絶景を眺めることができて大満足。自分をあんなに追い込めたのはすごく久しぶりな気がして、最高の経験でした!ちなみに、頂上にはベトナム戦争の遺構が残っており、多くのツーリストで賑わっていました。下りは最高時速55km/hで小石やらガラスやらを避けながら、アドレナリン全開な感じの全速運転で、これまた最高でした!!!

  しっかりフラグ回収 出発前、僕は「意外と楽に完走できるよ!」などと、苦戦フラグを乱立させていました。えぇ。もちろん、しっかりとフラグ回収させて頂きましたよ(笑)。どれだけ準備しても、やはりハプニングは起こるもので、今回起きたハプニングは3つあります。   1つ目は、冒頭に書いたタクシーで運ばれていた件です(笑)。 Day11の夜に、僕の宿泊していたホームステイ先の女性オーナーが、「祖父の12回忌のパーティーが次の日(=Day12)にあるから、参加しなよ」と誘ってくれました。午前中で終わるとのことだったので、パーティーが終わってからダナンに向かっても大丈夫だろうと思い参加したわけですが、飲みすぎて寝てしまい、起きたらタクシーで自転車ごと運ばれていました(笑)。運んでくれたのは、パーティーで初めて知り合ったスペインやインドネシアから来た方々でした。ご迷惑おかけしました(笑)。   2つ目は、パンクです。僕は、替えのチューブは大量に持ってきていましたが、外側のタイヤ部分はスペアを持ってきていませんでした。縦断開始4日目で、その外側のタイヤ部分が破けてパンクしてしまい、一時は、ベトナム縦断ギブアップかもしれないと思いましたが、2つのラッキーが重なり無事に修理できました。まず第1に、パンクした夜にたまたま泊まったホテルのオーナーがロードバイク乗りで、行きつけの自転車屋さんに連れて行ってくれたことです。おかげでタイヤ交換できました。が!!それはすでにヒビが入っている劣化したタイヤでした(笑)。これダメでしょ!?と言っても、「大丈夫!」としか返ってこない。とりあえず乗れるので、次の大都市までパンクしなければいいやーくらいの気持ちで、仕方なく購入しました。実際、その3日後にパンクしました(笑)。しかし、パンクする前に新しいタイヤを購入できていたので、問題なく縦断を続けられました。これが第2のラッキーです。ひび割れタイヤを買った次の日に、次の目的地のニャチャンにあるスポーツバイク店3軒に電話したところ、一軒はレンタル専門、もう一軒は応答なし、最後は応答したものの、テト休みだから閉店しているとのこと。これは縦断続けられないかもしれないと諦めかけましたが、頭ひねって考えた結果、3件目の店に突撃訪問しようと決めました。「電話に応答した=たとえ開いてなくても店に人はいる」と確信したので、無理やりにでも開けてもらおうと考えました←サイテー(笑)。 そんなこんなでお店に突撃したところ、テト前大掃除をしていまして、奇跡的に質のいいタイヤを買えました!   3つ目は、ハンガーノック(極度の低血糖状態)です。自転車やマラソンのように、長時間の激しいスポーツで陥りやすいトラブルです。僕は一度カロリー不足と糖分不足でハンガーノックに陥り、全身の脱力・頭痛・手の震えを経験しました。死ぬかも、と感じたのは小学生の時溺れて以来です。体調管理はしっかりしないとですね。   ストーカーと物乞いとの出会い   フエに向かう道中、10kmほど僕についてくるバイクがいました。最初は全く気にしていなかったのですが、あまりにもしつこいので、一旦停車してバイクを先に行かせました。しかし、バイクも停車してしまいました。話しかけてくるわけでもないので、また走り出したら、バイクも発進しました。その後、停車と発車を5回くらい繰り返しましたがしつこく付いてくるので、道沿いにあるモーテルに自転車ごとつっこんで、ここのモーテルに泊まると相手に勘違いさせて、バイクが走り去ってから僕もまた予約していた別のホステルに向かいました。何事もなく終わりましたが、もし僕がそのままホステルに向かって宿泊場所がばれていたらと思うと…ゾッとしますね。   北中部のヴィン市にいる時、バイクを手押ししている物乞いに出会いました。物乞いなのにバイクもってるの?って思うかもしれませんが、ベトナムではちょくちょく見かける光景ですね。彼は「ガス欠になっちゃって、ガソリン代も持ってないからお金くれ」とのこと。あきらかに怪しいので断ったら、またバイクを手押ししていきました。悪いことしたかな~と罪悪感を感じていましたが、しかし!彼は20mくらい進むと、バイクのエンジンをかけて走り去っていきました   (笑)。おーい(笑)!  

  旅の醍醐味   今回は一人旅だったので、途中寂しいなーと感じることもありましたが、トゥイホア市とヴィン市で、友人知人と予定を示し合わせて落ち合ったりして、寂しさも解消できました!自転車漕ぐのは一人でも楽しいですが、一緒にご飯を食べたり飲んだりできる仲間がいた方が絶対に面白いです。また、大きい街に滞在する日はだいたいどこでもフレンドリーな人と会えるので、その晩限りの飲み友達はたくさんできました。世界中からベトナムに集まった人が、色々な経験を共有しながら飲む。これも旅の醍醐味かな~と!  

  終わっちゃった   「もう終わっちゃった…」。完走した時に僕が一番最初に思ったことは、これでした。達成感よりも、終わってしまった悲しさを先に感じました。思っていたよりも順調に旅することが出来て、予定の2日前倒しでゴールしてしまったのですが、最後の10kmは終わるのが嫌すぎて、亀の子並みのスピードで漕いでいました(笑)。それでも、ハノイに到着した時に、ベトナム語の先生と2年前から大変お世話になっているMさんが盛大に出迎えて下さったのが嬉しすぎて、そんな悲しさは吹き飛びました(←単純)。他にもハノイでたくさんの方に会えて、縦断完走のお祝いの言葉を頂きました。自転車漕ぐだけでこんなに喜んでもらえるなら、もっとやっちゃおーかなーとか思ったり(笑)。   学んだこと・感じたこと   自分を動物に例えるなら?マグロです。僕は今回の旅で、その問いの答えはマグロだと確信しました。このように思ったのは、縦断中の休憩日です。休憩している日は、基本的にはのんびりしていたのですが、のんびりしていると逆にストレスが溜まってきました。改めて自己分析をしていると、何かに向かって挑戦していないと生きていけない、じっとしていられない人間なのだと判明しました。なので、マグロです(笑)動かないと窒息死します(笑)   また、ベトナム愛を再確認できた旅でもありました!もーほんとにベトナム大好きです。だからこそ!日本、ベトナム、アジア、世界の町工場・モノづくりを盛り上げていきたいと強く感じました!世界の仕事の多くを占める製造業に携わる人たちが元気じゃなかったら、世界は元気にはならない。そのために僕が出来ることを模索しながら、可能性に飛びついて、踏ん張って行きます!!   最後に…「自転車漕ぎすぎ。ダメ。絶対!」スーツが入らなくなりました(笑)   拙い僕の記事に目を通して頂き、ありがとうございました!!  

VINABOO季刊誌化記念 特別インタビュー 梅田 邦夫 駐ベトナム日本国大使

April 10th, 2019 by
   
 
ベトナムでは、急速な経済成長と共にスポーツ界も大きな飛躍を遂げつつある。昨年初めのサッカーU-23 ベトナム代表フィーバーの過熱ぶりは多くの人々の記憶に刻まれ、国全体が一丸となった。リオ五輪では、ついに初のベトナム人金メダリストも誕生した。今回は、日越スポーツ交流に並々ならぬ情熱を注ぐ、梅田邦夫駐ベトナム日本国大使にベトナムフットボールダイジェスト運営者がインタビューを実施。
 
来年に迫った東京五輪に向け、ますます加速する日越スポーツ交流について話を伺った。
 
★日越外交関係樹立45 周年の スポーツ交流について
 
- 2018 年は日越外交関係樹立45 周年の節目の年とあり、両国間で様々な交流が行われました。その一環で行われたスポーツ交流も例年になく活発でしたが、この1 年を総括した印象をお聞かせください。
 
2018 年の日越スポーツ交流事業を振り返ってみると、結果的にではありますが、圧倒的にサッカーが多かったという印象です。私自身、この地でサッカー交流を行わなければならないと強く自覚したのは、1 月のAFC U-23 選手権でのベトナム準優勝という結果を見てからなんです。それまでは、ベトナムがこんなに強いということを意識していなかったので、やれることは非常に限られていると思っていました。ところが、U-23 の結果を受けて、これは色々な可能性があると認識を改めたんです。
 
そこで、J リーグや日本サッカー協会に働きかけて、こちらから仕掛けた部分もあります。
 
 ただ、実際にはそれよりずっと以前から日本は、ベトナムでのサッカー交流を行っていました。トヨタのジュニアサッカー然り、川崎フロンターレの指導者派遣然り。サッカー交流で特に目立つのが育成年代向けの活動です。これは、これからも是非続けていかなければならないことだと思っています
 
 サッカー以外のスポーツの内訳は、柔道、空手、剣道、駅伝、卓球など。分類すると、日本の伝統的な競技が続いています。
 
駅伝も日本発祥。卓球は、若い世代を中心に日本人選手が世界で活躍しています。こうした日本が得意とする競技の普及活動が活発化している印象です。2020年には、東京五輪も控えていますし、スポーツの国際交流にも熱が入っているのでしょう。色々な協会や団体、また地域の方々から幅広い協力を得ることができ、非常にありがたいことだと感謝しています。
 
 今年のスポーツ交流事業の中で、特殊なものとしては、ハノイとホーチミンで毎年交互に開催されている「モッタイナイマラソン」があります。これは、ベトナム婦人新聞社の企画による交通事故防止のチャリティランで、もともとベトナム側が主体となった現地発祥のイベントです。もう一つは、ミズノによる子ども向け運動遊びプログラム「ヘキサスロン」の導入。ベトナムの課題の一つとして、以前から言われているのが、運動能力を高めるための体育カリキュラムが欠落していることがあります。そこに、ミズノが名乗りを上げて「ヘキサスロン」の初等教育導入を働きかけ、実際に、そういう方向に進みつつあります。実現すれば、ベトナム体育教育の発展に大きく貢献しますので、我々も是非後押ししていきたいです。
 
- 国際交流におけるスポーツの役割とは、どのようなものだとお考えですか?
 
 先日、セルジオ(※サッカー解説者セルジオ越後)がハノイ市で講演会を行いました。その時に彼が自分自身の体験も踏まえて、語っていたことですが、国際交流におけるスポーツの最も重要な役割というのは、人と人、そして、国と国を繋ぐことです。セルジオや我々の場合は、サッカーを通じて、その国を知り、多くの人々を知りました。これはどのスポーツも同じです。
 
2 点目は、相互理解を深めること。国民的スポーツというのは、その国の文化や歴史を反映しているものです。どうしてベトナムでサッカーが人気なのか、彼らはどんな応援をするのか、それらを知ることで理解は間違いなく深まります。3 点目は、国や人間を成長させることです。どういうことかというと、スポーツをやっていると、必ずライバル関係というものが生まれます。
 
国際間でいえば、ブラジルとアルゼンチン、日本と韓国。強烈な競争意識を持ちながらも、互いを高めあう存在になっています。
 
- 2018 年の日越スポーツ交流で、特に印象深かった活動はありますか?
 
 福島県で開催されたU-17 日メコン・サッカー交流大会ですね。U-17 ベトナム代表のメンバーは、この日本滞在中、日メコン首脳会議に出席していた国家首脳たちから表彰されたんです。このことは彼らにとって、大きな励みになったと思います。そ
して、アジア大会出場のために、岡山県美作市でキャンプをしたサッカー女子代表チームの壮行会。女子代表は、前年のSEA Games で優勝したときも直前合宿を美作市で行っており、とても縁起がいいキャンプ地とのことでした。初戦はなでしこジャパンに大敗しましたが、ライバルのタイに勝って、決勝トーナメントに進出でき、国内でも称賛されました。そして、個人的にも関わることになった日越サッカー協会のパートナーシップ再締結。サッカー好きのフック首相が日メコン首脳会議で訪日するタイミングで、安倍首相も立会いの下、締結することができ、非常に良かったです。このパートナーシップをベースに今後、日越サッカー交流はさらに活発化していくことでしょう。
 
★ベトナムサッカーについて
 
— ベトナムで最も盛んなスポーツといえば、やはりサッカーです。特に2018 年はベトナムサッカーにとって躍進の1 年で、国
際大会のたびに国中が大変な騒ぎになりましたが、現地にいて、この地のサッカー熱をどう感じていますか?
 
 正直言って驚きました。サッカーが強い、サッカーで勝つということが、この国にとてつもないエネルギーを与えていると思います。それを目の当たりにして、羨望を抱いてしまうほどに。それと同時に二つのことを感じました。一つは、ベトナムサッカーのさらなる発展のために、何かお役に立ちたいということ。もう一つは、日本とベトナムの協力の延長線上で、どのようにしたらサッカー分野での協力を促進させていくことができるのかということ。そうしたことをベトナムのサッカー熱を見て、
考えるようになりました。
 
- 梅田大使は、日本サッカー協会国際委員も務めておられますが、どのような活動をされているのでしょうか?
 
 日本政府の代表者である大使としての顔、サッカー協会の国際委員としての顔、二つの顔を持ち合わせることで、色々なところに顔を出すことができるわけです。先ほどお話したパートナーシップにしても、両国首脳の前で締結できたのは、この二つの顔があったからこそ実現できたものだと思います。こうした色々な活動を通じて、ベトナムでサッカーをする子供たちを励ましてあげたい。ベトナムサッカーがこれから世界に飛躍していく手助けをしたいという気持ちを持って活動しています。
 
- 数年前までは、男子と女子のベトナム代表監督を日本人が務めていました。トップレベルだけでなく、草の根レベルも含め、こうした人材の交流については、どのように見ていますか?
 
 現在、八木氏がハノイFC 女子チーム(※ベトナム女子リーグ2018 のレギュラーシーズン女王)の監督を務めてくれていますが、もっともっと増えて欲しいですね。男子のベトナム代表を率いている韓国人のパク監督を見ると、彼の存在がどれだけベトナムと韓国の関係強化に貢献しているのか、計り知れないものがあります。選手でも、監督でも、トップレベルでも、草の根レベルでもいいのですが、そうやって貢献してくれる人がいてくれるのは、間違いなく国全体の財産です。
 
★梅田大使とサッカーのかかわりについて
 
- スポーツ交流、とりわけ、サッカー交流に並々ならぬ情熱を持つ大使ですが、大学時代は、サッカー部でキャプテンを務めてい
たと聞いています。大使とサッカーの出会いをお聞かせください。  
 もともとは野球少年だったんですが、中学生のときに開催されたメキシコ五輪で、日本代表が銅メダルを獲得したのをテレビで観て、サッカー面白いじゃないかと思って、ボールを蹴りだしたのが始まりです。本格的にサッカーに取り組み始めたのは大学に入ってから。外務省に入省後、スペインで2年間語学研修をしたときは寮のチームに入れてもらい、よくボールを蹴っていました。あまりのレベルの違いに驚愕したのを覚えています。当時は、よくスペインリーグも観に行きました。日本に戻って以降、しばらくサッカーから離れていたのですが、あれはJ リーグ発足した後だったか、息子が入団した地域のクラブの監督から、経験者だからという理由でコーチの手伝いを頼まれたんです。そこからサッカーの人脈が広がって、現在まで繋がっているという感じですね。セルジオとも、その頃からの知り合いです。
 
- ベトナムに赴任される以前は、サッカー王国ブラジルの日本国大使館で働いておられましたが、ちょうどその時期、ブラジルではリオ五輪とサッカーワールドカップが開催されました
 
 大使としてブラジルに行くということは当初、全く自分の頭の中になかったんです。ところが、ワールドカップの1、2 年前のある日、セルジオと友人の平野氏(電通)と食事していて、次はブラジルでワールドカップがあるから、梅田さんが大使になって、日本代表を裏方でサポートすればいいじゃないかという話になり、それで、その気になりました。ワールドカップ開幕の数ヶ月前に赴任して、実際に何をやったかというと、現地での安全対策と応援体制の整備。非常にありがたかったのは、日系人の方々
が全ての試合会場でサポートしてくださったこと。リオ五輪のときもサッカー代表チームが練習試合を含めて5 試合を行いましたが、各地でやはり日系人の方々の助けがありました。そして、ブラジルで良い思い出として残っているのは、日本サッカーの発展に貢献した「ブラジル選手に感謝する会」を主催したこと。ちょうどブラジルにいらした安倍首相を迎えての会でしたが、ジーコ、ドゥンガ、サンパイオ、アルシンド、ビスマルク、セルジオ等が参加して、安倍首相から彼らに感謝の言葉をもらい
ました。
 
- 2020 年には、日本で56 年ぶりとなる夏季オリンピックが東京で開催されます。ベトナムは前回のリオ五輪で、初の金メダリ
スト(男子射撃)が誕生するなど、今後は五輪への注目度も高まりそうな気配です。東京五輪に向けて、日越のスポーツ交流も
引き続き行われていくことと思いますが、どんなことを期待しますか?   もちろん男子サッカーで出場できればいいのですが、それ以外の競技でも、一人でも多くのベトナム人選手に東京五輪に出場してもらいたいと思っています。現在、日本で暮らすベトナム人は30 万人にも上り、日本経済を支えてくれています。在日ベトナム人による犯罪が増えているなどの問題も発生してはいますが、基本的には、ベトナムの方々は日本に強い憧れを持っているのも事実です。東京五輪という機会に、良いイメージを国際社会に発信してもらいたい。自国の選手たちが出場して活躍するということが、ベトナムという国の一体感を生み、エネルギーになると思うんです。その舞台が東京五輪であれば、それはとても素晴らしいことです。

ビナブー読者の皆さん、初めまして!

April 1st, 2019 by

29屋的越南 プチ武道格闘技コラム

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